ニセコ集会2008 開催レポート
ニセコはなぜ人を惹きつけるか
−開拓使の会 現地集会から−


 秀峰・羊蹄山とニセコ連山に挟まれたニセコ町は人口が4600人余り、農業と観光で成り立つごく普通の北海道の農村ですが、道内外や海外から移り住む人たちが人口の半数近くを占める独特のコミュニティーを作り上げています。
 NPO法人 私設北海道開拓使の会では今年の現地集会をニセコで開き、その人気の一端について学びました。

 1.石黒理事長あいさつ

 地域の元気さを広く発信したい 

 今回の集会の開催に当たりゲストとしてご参加いただいたニセコ町役場の片山さんはじめ、何人かの方たちと事前にお会いしました。どなたも表情が生き生きしていて元気でした。北海道の本当の元気さはこの辺にあるのではないかと思いました。皆さんの表情が札幌や東京の人間とは違います。北海道内は今、いい話題が乏しいのですが、こうした方々の元気さを伝えることができればと思います。来る途中の「道の駅」周辺は車でいっぱいでした。人を惹き付けるものがこの地域にあるのではないかと感じました。

 2.片山 健也さん(ニセコ町会計管理者)の基調講演から(要旨)

 知名度の向上が移住増加に寄与 

 農畜産物を取り扱う商社に勤務していたころ札幌へ転勤になり、家族の事情もあってニセコ町の職員試験に応募し自治体勤務となりました。民間企業から見ると公務員の世界は驚きとあきれることばかりでした。
 ニセコ町は内閣府の調査で知名度が全国自治体の70位です。移住してくる人たちも多いし、ニセコブランドへの憧れもあるようです。しかし、初めから町がそれを目指してまちづくりをやってきたわけではありません。住民参加と情報公開の先進的なまちづくりの実験が広く全国に知られるようになり、知名度の向上と安心感が人を惹きつけたのではないでしょうか。
 逢坂前町長は就任してから役場職員の採用を公平で透明性のあるシステムにしました。また研修にも力を入れて予算をつけました。現在、国内・国外留学中の職員もいます。また企業や団体の研修などに職員が講師として招かれる機会もあり、その都度「ニセコ」の知名度が広がっていくわけです。
 今、行政はあまりに多くのことを抱え込みすぎているように思われます。住民の安心ネットワークをどう作っていくか、それが行政の究極の目標でないかと思います。

 3.梅本 彰さん(ニセコ町商工会事務局長)

 地域とのお付き合いが大切 

 8年前ニセコに土地を購入し札幌から通いながら開墾しました。名称は「平成開拓団」です。道路拡幅にかかり札幌の自宅を手放して移住してきました。周りを森に囲まれ木造の家とコテージを造って暮らしています。田舎暮らしをはじめるなら妻の好きにしたほうが良いですね。
 移住者と話す機会があり「人とは付き合いたくない」という声を聞きます。私は人と付き合わないと暮らせないたちで、町内会にも入って、時には物議を醸すようなことも言います。「山を眺めているだけでいい」という人もいますが、移住先で人との新しい関係を持ち近隣とお付き合いする覚悟も必要ではないでしょうか。
 私は父の転勤で全国各地を歩きました。本州にも住みましたがどうもなじめない。やはり北海道が性に合うようです。ニセコは風景も水もいいし、札幌、小樽、千歳、室蘭など主要都市にも2時間圏内です。ただ、冬の除雪は大変なので建設会社と契約して作業を請け負ってもらっています。

 4.田原 和幸さん

 楽しいが医療過疎の一面も 

 小樽生まれです。若いころは世界各地を放浪し、77カ国を訪ねています。パリ―ダカールラリーのコースをバイクで踏破しようと試み、途中でエンジンが壊れて失敗してしまいました。そこで自転車で踏破するという冒険もやりました。その後、30を過ぎて勉強を始め現在は鍼灸・整骨院を開業しています。ニセコは四季を通じて遊べますし、ポイントも数多くあります。札幌や千歳に近いのも便利です。
 移住者が増えてきて住宅が足りない現象も起きています。市街地では新築の住宅はすぐ埋まってしまいます。古い家でも結構家賃が上がり、半分に仕切って若い人が借りているケースもありました。
 今の仕事を始めて感じるのは医療の面の問題ですね。何事かあると結局は札幌か小樽の病院にかかる人が多い。そういう点では医療の過疎地だということを感じますね。

 5.藤崎 史夫さん

 サクランボづくりが軌道に 

 52歳で銀行を退職し、老後の経済基盤が出来れば後は自分の好きなことをやろうと思いました。2年間会社勤めをして資金を造り、気候がよくインフラが整いスキー、ゴルフが出来る仁木に移住しました。果樹園だった7000坪の土地を購入しガーデニングとサクランボ作りに着手。化学肥料に頼らず堆肥を自分で作る有機栽培に取り組んで、現在では1.2トンを生産し全量を直販で知人らに売っています。投入した資金を回収できるようになりました。
 妻は本州住まいで収穫期は手伝いに来るほかは、私が単身で暮らしています。田舎暮らしを始めて痛感するのは、農業生産物が思うような値段で売れないのが一番の問題だということです。今、求められていることは、地域のブランドを確立し、良質の品物を作り顧客を確保することだと思います。

 6.松田 裕子さん

 終の棲家を考えるのも大事 

 20数年間にニセコ町に移って来て駅の構内で喫茶店を営んでいます。夫が隣町の倶知安の出身なのですが、私たちがたまたま選んだのがニセコだったのです。来る前の5年間、北海道内各地を巡り歩き川と森のある場所を求めてやってきました。ニセコは都会から来ても違和感なく住める、なんとなく都会的な香りもあって他とは違う感じですね。
 5000坪ほどの土地に住み湧き水を利用し暖房は薪ストーブと、電気が来なくても暮らせるよう省エネを心がけております。田舎暮らしをする場合は「何のために住むのか」をはっきりすることです。アウトドアライフを楽しむのもよし、不便さを逆に楽しむのもよし。それから移住して事業を始める場合は、首都圏など都会との販売ルートをしっかり確保しておくことですね。
 夫婦がお互いに元気なうちは田舎暮らしもいいのですが、どちらかが病気になったりすると辛くなります。老後は都会のマンションに移るという方もいます。最後に住む場所をどうするかも考えておかねばなりませんね。

 7.おわりに 

 天候と人に恵まれた2日間 

「旅人の宿」裏庭から早朝の羊蹄山を望む参加者  熊本市に住む会員のFさんは、はるばる熊本から参加してくれました。「係争事があったりして移住はなかなか実現しませんが、次の機会には手料理を披露したいです」と話していました。
 集会後、希望者は農家が掘り当てたという「黄金温泉」につかり、夕方からは焚き火を背にしながら夕食と、持ち寄ったお酒を楽しみながら語らいが続きました。また翌朝は、尻別川にカヌーを浮かべ田原さんが船頭役となって希望者が軽く汗を流しました。

 好天に恵まれ羊蹄山とニセコ連峰が私たちを迎えてくれました。また連休にもかかわらず参加していただいたニセコ町の皆さん、低料金で驚くほどのもてなしをしていただいた「旅人の宿」の田原さん、ありがとうございました。

 (レポート by H.S)